子どもの頃の記憶である。
母の鏡台の上に、香水の瓶が置いてあった。波打つような縦模様の入った小ぶりなその瓶には、レモン形をした気球船みたいなポンプが付いていた。私が記憶する限り、中身はすでに空だった。
ポンプを押すと、プハプハと小動物の鳴き声のような乾いた音がして、中の空気が小さな風となって飛び出してくる。その風には、ほんのりと香水の香りが残っていた。母が仕事で出かけている間、私は母の鏡台の前に座り、鏡を見ながらプハプハをして遊んでいた。母のいない寂しさや物足りなさを、紛らわせていたのかもしれない。
母にとって、その香水には何か特別な思い出があったのだろうか。今となっては確かめようがないけれど、母は晩年まで、その瓶をずっと同じ場所に飾り、大切に持っていた。
サクラツリーの箱を見たとき、私はなんだかとても懐かしい気持ちになった。そして、しばらくしてから、ふと思い出した。母も、これと同じような淡いピンク色のセーターを持っていたのである。色が均一ではなく、濃いところと薄いところがあるのも一緒で、母のお気に入りのセーターだった。
箱の蓋を開け、そっと中身を取り出す。丸い形が印象的な木の蓋を外すと、内側からほんのりと甘い香りが広がった。その瞬間、私は心の中で、お母さん、と呼びかけていた。なんだか、生身の母と再会したような嬉しい気持ちだった。
そして、サクラツリーと数日を共に過ごすうち、その香りは私にとっての「お母さん」そのものになった。
実のところ、生前の母とは大変なことが色々あった。でも、今はもう私にとっての母は、愛おしい存在以外の何者でもない。時間が経つにつれて、辛かったこと、苦しかったことは忘却の彼方(かなた)へと退き、私の胸には母の優しさや温もりだけが、美しい虹の欠片(かけら)のようにぼんやりと残されている。
正直、母を美化しすぎているような気もするが、それでいいと思う。香りも時間が経つと変化するように、人と人との関係もまた、時と共に変わっていく。自然界には、ずっと変わらず同じ状態で居続けるという状況はなく、自然は常に移ろい、変化する。
地球という星は、自らも自転しながら、一年という時間をかけ、巨大な太陽の周りを一周する。そこに四季が生まれ、植物たちは生と死を繰り返しながら繁栄するのだ。樹木はこうしてじっくりと時間をかけて成長し、年輪を刻むのである。
私は今、森に暮らしている。標高1600mの地に建てた小さな山小屋には、東西南北の全てに窓があり、窓の向こうには常に植物たちの姿が見える。
森暮らしをするうちに、もっとも好きな季節は冬になった。夏はもちろん爽やかで気持ちいいのだが、森が美しく輝くのは、断然、冬である。
驚いたことに、植物たちは、枝先にほんの小さな花芽や葉芽をつけて越冬する。落葉樹たちは、秋の終わりまでに葉っぱという葉っぱを残らず落とし、冬に備える。真冬の森は、ほとんどの色を失い、まるで死んでいるかのように見える。
でも、この星は絶えず動いているのだ。冬至を過ぎ、やがて陽は少しずつ長くなる。そして植物たちは、再び目を覚ます。こうなると、彼らは少しものんびりなんかしていない。ある日とつぜん一気呵成(いっきかせい)に花を咲かせ、葉っぱを茂らせる。芽吹きの頃は、一日のうち朝と昼と夕方でも、視界に占める緑の割合が違うほどだ。冬の間身動きひとつせず、じっと寒さに耐えて蓄えられた樹木のエネルギーが、一気に爆発するのである。
母は、桜の木が好きだった。実家には一本、立派な桜の木があって、冬になると、母はその枝を摘んで、私の好物などと一緒に箱に詰めて送ってくれた。
室内に飾ると、実家から届けられた早春の桜は、外の桜よりも一足先に蕾を膨らませ、花を咲かせた。花が散ってそのままにしておくと、今度は葉っぱが芽吹き、初々しい葉桜の景色を楽しませてくれた。
植物たちは、全身のエネルギーを費やして、花を咲かせる。花は、確かに美しい。でも、彼らにとっては、花が全てではない。花は、いっときの喜びに過ぎず、時が来れば萎れ、やがて枯れて姿を消す。永遠に咲き続ける花など、どこにもない。それが、自然界の掟である。
もう、母の体も、私が幼少期を過ごした実家も、この世には存在しない。実家を解体する際、家全体を見守るようにして生えていた大きな桜の木も切り倒された。でも、その切り株からは幾本もの細い脇芽が伸び、春になるとそこにまた花が咲くようになった。植物たちの生命力には、圧倒されるばかりである。
母を恋しく思うとき、私はサクラツリーの瓶を手にとり、香りに触れる。そうすると、早春の暖かい日差しのように、母の面影が、私をそっと穏やかに包み込んでくれる。母と共に過ごした時間を閉じ込めて、四角い瓶は、まるでお守りのように、私を傍で見守ってくれているのである。
BAUMが小川 糸さんに託した背景
サクラツリーが持つ、フローラルでありながらもウッディな香り。その香りは、時間の経過とともに、蕾がほころぶような瑞々しさから、大地に根を張る樹木のような安らぎへと移ろい、私たちに寄り添います。
信州の森の中で、自然のサイクルとともに暮らしておられる小川糸さん。厳しい冬も、雪解けや樹々の目覚めも、肌で感じながら、忙しない時間に流されず、季節の微細な変化を慈しみ主体的に生きる。その姿勢は、BAUMが掲げる「樹木との共生」を体現しているかのように感じました。
サクラツリーの香りを感じて、桜染のパッケージを見て、そして自然の風合いをまとうボトルに触れて、五感を通して呼び覚まされる記憶。そして、より身近に感じる樹木の生命力。
香りも人も、そして記憶も、時間とともにかたちを変えていくものです。そこには、移ろうからこそ、変化するからこそ、出会うことのできる気づきも存在します。
森で暮らす小川さんの豊かな言葉を通じて、サクラツリーの香りが呼び起こす様々な心の風景を伝えたい。
そんな思いを小川さんにお伝えし、サクラツリーの香りからインスピレーションを受けた小説を書いて頂きました。





